【ブログ】法要準備


7月27日は当山長圓寺の永代経ならびに施餓鬼法要が執り行われます。

目下、塔婆書に集中しております(汗)

関東では、お墓に大きな卒塔婆を立てることが多いようですが、

九州(少なくとも福岡県)のお墓では見かけることはありません。

当山でもそれは同じです。

その代わりに主に経木塔婆といって薄い木の板でできた塔婆を盆・施餓鬼に用います。

古代に使われた木簡に似ていますが、上部に五輪塔の様に刻みが入っています。


まだまだこれからですが大丈夫、あと1週間の時間的余裕があります(笑)


【エッセイ】『往生伝』について


およそ2年程前のこと。

いつもお世話になっている小倉門中、生往寺のご住職安永宏史上人から、

「往生伝に豊前国小倉の方の記述があって、
   それが長圓寺さんのお檀家さんというのが見つかりましたよ。」

と教えていただいた。

往生伝・・・。
日本史の好きな方はピンとくるかもしれない。

日本では浄土教が隆盛を始めた平安時代に始まり、
有名なものでは『日本往生極楽記』や『拾遺往生伝』などがある。

その内容は、高僧や信仰の篤い者が、
実際に阿弥陀仏の極楽浄土へと往生を遂げていく様子を克明に記した書物である。

江戸末期から明治初頭にかけては、一般檀信徒の往生を題材に比較的多くの編纂が行われたという。

今回、教えていただいたのは、『明治往生伝』第3編という書物である。

そこには確かに、長圓寺檀徒〇〇の往生の様子が書かれている。

日頃より、よく仏義を聴聞し、五重相伝を受け、日課称名の勤めを怠らず、
病床に臥し、ある日夢の中で釈迦如来が空中に来迎するのを見る。
その後、何年何月何日に仏の来迎を目のあたりにして正念往生をとげられた。

またその母上は、病床に来迎仏をかかげ沐浴にて身を浄め、善知識の臨終行儀によって
往生なされたその時刻まで鮮明に記されている。

他にも『明治往生伝』は国立国会図書館デジタルコレクションに公開されているので、
インターネットで閲覧も可能である。

さて、この方のご子孫は現在、関東にお住まいでいらっしゃる。

お墓参りに小倉へ来られた時に、このお話をした所、
ご先祖が往生伝に載っていたという事は初耳だと、大変感激されていた。


それから月日は経ち、
やはりご遠方につき、ご年齢と共にお墓参りに戻ることが困難という事で
まもなく墓じまいを行ない、新しい菩提寺にお願いする運びとなった。

施主様も相当に悩まれ、住職としても大変残念ではあるのだが、これもまた定め。

しかしご先祖様が、長圓寺檀信徒として『往生伝』に載り、その信仰の篤さを知らしめた事は、
本当に誉れ高きことだと思う。

この事は胸を張ってご子孫に伝えていただきたいし、
当山長圓寺としても後世に伝えていくべき財産となった。

拙僧では見つけることの出来なかった有難い宝。
この場を借りて、安永上人に改めて感謝申し上げたい。