【お知らせ】平成29年度小倉仏教会灯篭流し(2017)


まもなくお盆が来ます。

そして今年も、小倉仏教会のお盆灯篭流し法要が8月16日に行われます。

本来ならもっと早くUPする予定でしたが、

8月初旬より、お盆棚経参りの真っただ中で慌ただしく、つい遅れてしまいました。。。

上下の画像から日時、宗派別の法要順はご確認ください。



現在の所、8月16日の天気予報は、曇りのち雨。降水確率は50%となっています。

少雨は決行です。

お盆中はどこのお寺様も忙しく対応が難しいと思いますが、
ご不明な点は各々菩提寺さまへお問い合わせください。


【ブログ】原点回帰


以前、UPした昭和初期の写真です。

他にも明治時代に撮られた記念写真にも、細川家九曜紋の門提灯が飾られていました。

色々な方から声を掛けていただき、この度、数十年ぶりに提灯を飾ることを決意しました。

6月から野上仏具店さんと打ち合わせを重ね、発注。

クラフトさんには建具工事をお願いしました。

そしてついに昨日、工事・納入ともに完了いたしました。




裏には寺院名を入れて頂き、どちらでも使えるようにしてもらいました。



クラフトさんには、お盆に間に合うようにと無理なお願いをしたにもかかわらず、
細かい部分にこだわった仕事をしていただきました。

「原点回帰」

1600年代細川忠興公の命により現在の鋳物師町に移転し、
許可頂いた九曜紋を大切に継承してきた事に大いなる意義を持って参りたいと思います。

さて、週末以降台風が接近するとの事ですから、一旦片づけます・・・。


【ブログ】平成29年度永代経・施餓鬼法要


本日、平成29年度永代経ならびに施餓鬼法要が執り行われました。

今日も暑い1日となりました。

当日になって、4基あるエアコンのうちの1基が動かないというトラブルもありましたが

本堂内は涼しく、皆がお念仏に集中する事が出来たことと思います。

また、各家のご先祖様はもちろんですが、
この度の九州北部豪雨にてお亡くなりになられた方の追善供養も参列者一同でお勤めいたしました。



これからも厳しい暑さが続くものと思われます。

最後は、皆様のご健康を祈念し本年度の施餓鬼法要を無事勤めあげることが出来ました。 合掌


【ブログ】法要準備


7月27日は当山長圓寺の永代経ならびに施餓鬼法要が執り行われます。

目下、塔婆書に集中しております(汗)

関東では、お墓に大きな卒塔婆を立てることが多いようですが、

九州(少なくとも福岡県)のお墓では見かけることはありません。

当山でもそれは同じです。

その代わりに主に経木塔婆といって薄い木の板でできた塔婆を盆・施餓鬼に用います。

古代に使われた木簡に似ていますが、上部に五輪塔の様に刻みが入っています。


まだまだこれからですが大丈夫、あと1週間の時間的余裕があります(笑)


【歴史】板櫃川の流れ

この度の九州北部豪雨において被害に遭われた方々へ心からお見舞い申し上げます。



北九州市小倉北区も豪雨により周辺地域は避難指示が出ました。

テレビで板櫃川の水流の中継が幾度となく放送されていました為か、
いくつかのご心配のお電話をいただき、ありがたく存じます。

中継場所は近いとはいえ、長圓寺からは直線距離で約700mの辺りという場所でした。

とは言え、7日午前中は板櫃川・紫川ともに危険水域を超え、さすがに恐怖を感じました。

市内では、いまだ避難されている方もおられます。

今日7月8日も午後から雨が降るという予報ですが、ひどくならないことを切に願います。



さて、この板櫃川。

調べによると、古来より「降れば水害、照れば干ばつ」、そんな河川だったそうです。

実は、板櫃川は昭和8年ごろまで当山長圓寺の裏手沿いに流れていたのです。



幕末の様子






現在のサンリブ西小倉裏手から日豊本線沿いに北上、そしてテキサス1000裏、
九電変電所鉄塔辺り長圓寺墓地沿いはまさに板櫃川の河岸だったのです。



(金色の線が昔の流れ、
八幡から到津を通り菜園場・愛宕・小倉高校横を通り平松から海へ抜ける青色の線が現在の板櫃川)

昭和9年、水害の多さから大治水工事により現在の板櫃川の流れに付け替えられたという事です。

少なくとも享保年間に2度の水害。明治6・7・17・19・24年は、立て続けに被害甚大。
付け替え後の昭和28年未曽有の大水害。

これらを教訓に、特に昭和の大水害以降は河川工事・貯水池開発などを積極的に行い、
今では水害、渇水に対してとても強い都市となりました。


しかしながら今回、改めて川の流れと水害の歴史を振り返り、考えてみると、

実際、長圓寺墓地裏手境界沿いにあるお墓にはあまり古いものはなく、
もしかしたら明治期頃まではかなり被害に遭っていたのではないかと思わざるを得ません。

何か伝え聞いておられないか、あるお方にお命日参りで伺ってみようと思います。