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【ブログ】師走に駆け込み


いのちのたび博物館で催されていた「小笠原忠真展」。

行きたい行きたいと思いつつも、中々時間が取れず、気が付けば最終日となっていました。

法務の後、到着したのは閉館40分前・・・。



子供たちと一緒に・・・滑り込みセーフでした。

事前に学芸員さんにお聞きしていた通り、忠興公関連の資料や所蔵品も展示されており、かなり見応えのある内容でした。

師走の真っただ中ですが、合間を縫って行くことが出来て良かったです。
以上、珍しくプライベートブログでした。


【歴史】長圓寺墓地の紹介その3~祇園社宮司の墓~


以前から、長圓寺と小倉祇園社(現・八坂神社)との関係はブログの中で何度も扱ってきた。
もともと隣同士であるということを主に取り上げてきたが、ここに来て色々な関係性が推測されることとなった。

その事は、当ブログ(新着情報)の中で少しずつこれから明らかにしていきたいと思っている。

画像は、小倉祇園社初代宮司高山孫太夫定直の墓である。元和三年(1617)
その他、明治時代の宮司・高山出羽守藤原定政も当墓地に眠っている。

元々小倉祇園社は、細川忠興公の命により小倉南区長尾の祇園社を南殿、三本松の祇園社を北殿として勧請し鋳物師町に社地を定めた。
北殿には蒲生八幡宮より高山孫太夫藤原定直、南殿に篠崎八幡宮より川江左衛門橘種茂を迎え、代々両氏が交互に務めたそうである。(後に高山氏が単独継承)


さて、今年に入ってから歴史は相当に動き始めている。

先日、小倉一の宮・蒲生八幡宮宮司であられる高山定美氏がお出でになり、高山孫太夫定直の墓前に手を合わせられた。

高山氏のお墓がまさかお寺の中にあるとはご存知なかったそうで、小川研次氏から話をお聞きになり大変驚かれたそうである。

実に四〇〇年の時を越えて・・・。



いろいろな思いがこみ上げる。

江戸(元和)・幕末から明治という宗教の大変革期。
そして大正・昭和・平成と・・・。

神社と寺院。
お互いに一筋縄ではいかない時期も、もしやあったのかもしれない。

しかしここに新たな一歩を迎えたものだと感じている。



近い日に、お礼の参拝にお伺いしたいと思う。


【歴史】長圓寺墓地の紹介その2~医師小野匡輔の墓~

長圓寺の墓地には、古いお墓がたくさんあります。

中には小倉藩の隠れた名士達のお墓が点在しています。

個人情報保護を鑑みて、歴史上の人物に限り、できる範囲で紹介してみたいと思います。



医師で儒学者の小野匡輔のお墓です。文化六年(1809)享年35歳
右隣は、匡輔の父上で同じく医師の小野玄亭(文化八年)のお墓です。

匡輔の溢れる才能と早すぎる死を惜しんで、石川彦岳(儒学者で思永館初代学頭)が自然石に碑を刻み、墓石としています。

今から200年ほど前の物ですが、なんと丁寧で素晴らしい文字なんでしょう。



十数年前まで私は、この銘文を読むことはおろか、このお墓の存在すら知りませんでした。


教えて下さったのは、「長崎街道小倉城下町の会」で副会長をされていた郷土史家の故・稲津義行先生でした。

先生がまだお元気な頃、
「小野匡輔の研究は、あまり誰もやってないから方丈さんがやったら面白いですよ。」
とおっしゃってくださいました。

ちょうどその頃、テレビドラマの「JIN_仁_」が放映された後で、すこしその気になっていたのですが地道な作業がやっぱり苦手で、途中で諦めてしまい今日に至ります・・・。

それでも、私なりに調べた所までをご紹介。

江戸中期の医師として有名な「生生堂」こと中神琴渓に京都(大津とも)で学ぶ。
秘伝を受けた後、筑前で亀井南冥の下に遊学。

父玄亭が高齢の為、侍医の職を継ぐが、25歳の時に暇を請い江戸にてさらに1年学び、その後帰郷。
幕府の官医柴田氏の門人に職を譲り(?)、父と共に市井で医療に携わる。
貴賤を問わず、名誉にとらわれずにひたすら救命活動に励む一方で、生徒を集め講義を行った。

中神の施術をまとめた『生生堂治験』2巻を著す。
『徴瘡論』、『詒謀録』を著すも未完や未脱稿のまま35歳にて惜しまれながら逝く。


さて、もし小野匡輔がもう少し長生きをしていたら小倉藩の医学の発展に少しは影響があったのでしょうか。
そんなことを考えてみるのも面白いものです。
『生生堂治験』、読んでみようかなー。


次回も墓地から1つのストーリーをお届けします。









【ブログ】長圓寺墓地の紹介その1~景観・立地的な観点から~


長圓寺の墓地は元和年間から当時のままの風情が残っています。

もとはお濠の水際だった場所や、旧祇園社との境界線沿いに生えた樹々がたくさんあります。

かなりうっそうとしてしてきましたので、思い切って一予算を掛け剪定をお願いしました。



隣の敷地にクレーンを入れさせていただき、チェーンソーにて。

丸一日掛けてお願いしましたが、あまりの量で今回は思っていたイメージの半分で終わってしまいました。



それでも、随分とスッキリ致しました。



長圓寺の墓地は、まだ土地が空いています。
今後は無縁墓などの整備予定も計画しているので、まだ広くなるでしょう。

小倉の都心部、駅近でしかも平坦な場所にある墓地というのはかなり希少だと思います。

初めて来られた方は、みな驚かれます。
こんな所に、こんな場所があったんですか?と。

次回は、歴史的な観点から紹介したいと思います。


【ブログ】お十夜法要と今後の課題


11月10日は、当山長圓寺のお十夜法要でした。

幾分風が冷たく、当初は参詣の檀信徒様が少なくなるかと思われましたが、いつも通りお参りの方がお出で下さいました。

今年度も無事に、お申し込みの諷誦回向をお勤めいたしました。

当山のお彼岸法要では法話を行うのですが、お十夜法要に限っては参詣の方に少し趣向を凝らした体験や講義を受けていただけるようにしています。

今年は、野上神仏具店さんによる「お線香の話」と聞香体験をしていただきました。



お線香の種類や製造過程の説明。

そして、聞香クイズ。
お線香の匂いを嗅いで、その香りを当てるのです。ちなみに三択です。

とはいえ、これがなかなか難しい。とりあえず私は間違えました。



全問正解の方は、お線香のプレゼントを全種類ゲットという特典がありました。

最後まで参加していただいた檀信徒様のお声を聴いても満足度が伝わってきました。
とても面白い企画でしたよ。

ただし、住職として1つ反省点。

それは、「〇〇店さんによる~」という紹介で出し物をしてしまうと、
もしかすると話の後に即売会的な流れになってしまうんじゃないかという不安を与えるのではないかという気がしました。

もちろん店名を出すことによって先々のお付き合いが繋がる事はあるでしょうが、実演販売が目的ではありません。

確かに今回も野上神仏具店さんにご協力いただきましたが、全くもってご商売とは関係のない次元で住職自身が依頼をしております。その説明を一言付け加えるべきだったと思います。

さて、そういう趣旨によって行っております、お十夜法要後の行事。
毎年、何をやろうかと頭を悩ませます。

良きアイディアがございましたら、業者さん個人さまでも構いません。
予算の都合上、採用できるか分かりませんが、ぜひご一報ください。